お湯につかって、一杯

「♪〜。」
「おねえ。好きなのは判るけど、夜の露天風呂で、軍歌を鼻歌で奏でるのやめて。」
ここは、とある温泉のとある旅館。
万年休暇のような仕事の姉が、研究三昧の妹をねぎらおうと、連れてきたこの旅館。
23時頃に姉が月見酒をしようと言って、露天風呂に入る。
「でも、お姉が歌いたくなるのわかるわぁ。こんなに綺麗な月見たこと無いもん。」
「あれ月じゃ無いですよ。」
入ってきたのは姉の最高位の上司で、後輩で、この国の国家元首というかなり複雑かつ、面倒くさい関係の女性。
「月じゃ無い?」
「アントキリオン星系の第4から第7惑星は、衛星を持っていません。それと第5と第6は第5惑星の周りを第6惑星が回る関係です。
第6惑星の大きさは第5惑星の半分ぐらいですから、月と見えても仕方ないですね。」
「「…。」」
「あれは、第6惑星フェナスティアラです。」
「あれが惑星?」
姉が驚きの声を上げる。
「僕は行きたくないです。」
「…虫どすか?」
頷く女性。もとい遥夢。
「あー。それはしゃあないなぁ。
この星には、都市形成と、ミッドガルドシステムの関係から節足動物が一匹もおらへんからなぁ。」
「遥夢さん、胸揉むの上手いなぁ。」
「そうですか?母の動きをトレースしただけなんですが。」
親子で同じ名前の読みなので大体どちらかに敬称をつけて呼ばれる。
「すまん。言い間違えたわ。肩揉むのうまいなぁ。言いたかったんや。」
頭をかきながら、訂正する妹。
「彌蘭陀さんはかなり凝ってますねぇ。」
「まあ、研究三昧やからねぇ。あまりうごかへんからかもしれんなぁ。」
姉の真朱彌は、頭痛持ちである。
というよりは真朱彌を含めた、王国主師と呼ばれる面々は、腕に付けたV.C.Pという、小型のハイパーコンピュータが、使用者の脳の休止部分を使用し、高 速度演算をおこなうことがあるため、頭痛持ちが多い。
多いというのは、今彌蘭陀の肩をもむ遥夢は、そもそも痛覚を持たない。これはリンも同じだ。
「ねえ、真朱彌さん、今のうちに思いっきり、痛い思いをたくさんして下さいね。」
「何でや?」
「ガルドが言うには真朱彌さん次々回の素体更新時に痛覚を完全に感じなくなるように脳の構造設計が変更されたそうなんです。」
うれしさと名残惜しさを混ぜた表情をする真朱彌。
「そうか。肩こりをもみほぐすときの気持ちよさをもう味わえへんのは悲しいなぁ。」
「肩こりとかの痛みは触覚に関する不快感として処理されていますから除外されます。
リンや僕が腕を平気で引きちぎる行動から解るように除外されるのは、体の一部が破壊されることにより発生する痛みです。」
「王族はその大半が痛覚を失ってはるわ。そういえば、王族王族って、どこまで何や?」
彌蘭陀が疑問を持つ。
「歴代主師とその子孫ですね。ですから、ラーニャラムージャ家、ラルストムージャ家、御山家、巫剣家、磯崎家、摂津家です。」
真朱彌と彌蘭陀が盛大にずっこける。
「よくもまあ、こんなに盛大にぐっこけてなんとも無い機材ばかり集めましたね。」
「そうお願いしたんよ。どうせ、遊びに来た、混神さんたちの夫婦漫才や、リンさんの言動で転けるんやったらな。丈夫な機材を作ってもらったんや。」
ふと時計を確認した真朱彌が、遥夢に対して問う。
「遥夢さん、今寝る時間や無いのか?」
「混神が出した酒を飲んで以降目が覚めてて、眠りようがないんです。」
遥夢は21時から3時の間はたとえ隣で、ヘビメタの生演奏があろうが、マシンガンの連射があろうが、絶対に起きない。
「眠いやろ。」
真朱彌が問うと遥夢は頷いた。
「寝てもええで。」
真朱彌の言葉に恐る恐る真朱彌の肩に頭を乗せ、そのうち寝息を立てる遥夢。
「よっぽど眠かったんやね。」
しかし隣にいるはずの妹からの返事はない。
「あれ?…動けない?」
妹分の妹が助けに来るまで身動きできずにいた真朱彌であった。


つづく