L.C第36章 失変カフェ

日本連邦の中 枢、長京からみて東南東に位置する、とある町にそれはある。
『失変カフェ』
そこをおとずれるひとは後を絶たない。

「マスター。どこか行きましょうよ。」
「しかしなあ。」
失変カフェのオーナー兼マスターの陽の下光一と住み込みウェイトレスの鳴島綾香が話している。どうやら暇のようだ。
「お邪魔しまむし。」
そんな言葉とともにドアが開いて3人組の男女が入ってくる。
「あ、いらっしゃいま…せ…。」
「ん?ああ。お久しぶり…です。」
ど うやら依然来たことのある客のようだが、かなり極端な格好である。白や水色のコートに深緑のマント。
まあ外が木枯らし吹きすさぶ晩秋の11月も終わりだか ら格好については理解できなくもない。
しかし色については一言言いたい。そう二人は思ったことだろう。だが、3人がコートやマントを脱ぐと意外に普通の格 好である。
「68年もご無沙汰でした。」
「そんなに経ちますか。こっちはいろいろと忙しくて。」
「何となくはたいている意義がない気がするです。」
綾香がそういうのも無理はない。
蒼藍王国が、拡大する貧富の差の解消のために打ち出した通貨廃止が浸透して以来、
金銭という概念が人々から消滅し、貧富の 差はなくなるにはなくなったが新たな問題が発生した。
通 貨が全世界で廃止される前よりも、NEETの数が劇的に増加したのだ。そこで各国は、
自国内の高等学校や大学等に卒業予定者の進学もしくは就職先が決定し なければ、その者の卒業を認めてはならないとする法令を発表した。
また企業にも入社後600年間は、解雇や、辞表受理などの辞職処理を行ってはならないと 言明した。
「仕方ないさ。」
「でも、お給料が少なくならなくてよくなったですよ。」
メガネの男が首をかしげていると、光一が、古ぼけたノートを見せる。
そこには「綾香君による店内損害リスト」と書かれおり、その下に小さく彼女の給料から 差し引くと書かれていた。
「マスター。」
銀髪の女性が声をかけるが誰も反応しない。
「マスター。マスター?…マスター、マスターコイル!」
「なんだとっとと用件言え。」
「気づいてらしたんですか?」
「お前がマスターと呼ぶときはたいてい相手はうちだからな。」

「マスター。この前はあいまいにされましたが、実際にはどっちが大きかったんですか?」
「やっぱり気になるかね。」
「それは、まあ。」
店の裏方で、光一と綾香が話している。光一が、あの3人組の話している雰囲気を察して、綾香を連れてきたのだ。
「どちらか覚えていない。まあ。綾香君のを触れば済む話だが。たぶんあまり差はないと思う。」
何の話をしているのかわからない方は第31章をご覧ください。
「それにしてもあのときは変な感覚だったな。」
「何がですか?」
光一の言葉に綾香が問うと
「いや、あの時綾香君に刺された後に腹に手を突っ込まれただろ。その時に何か、その、何と言うかな。
腹でもなければ背中でもない。そんな感じのところにあ る何かを掴まれて、そのあと滅茶苦茶熱かった記憶がある。」
「何が掴まれたんでしょう?」
スパーン!
そんな音がした後、少しして、あの銀髪の女性がやってきて光一に一枚の紙を渡した。
「…綾香君。つかまれたものがわかったぞ。血管だ」
「ほえ?」
光一が、紙を綾香に見せる。しかし綾香はまだよく理解できていない様子である。
まあ無理もない。その紙には、『下行大動脈断裂部掌握焼結後、細部刺傷を内 部より治療。』とでかでかと書かれていた。
「つまり、腹でもなく背中でもない位置にあるもの体の中心近くにあるものだよ。」
「なぞなぞですかぁ。」
「違うさ。おっとお呼びだ。」

「つまり、刺されたことにより真っ二つになった人体で最も太い血管の切れたところを握ってそのまま、
傷口を焼いて結んだあとその他の刺し傷を治療したとい いたいわけなんです。」
メガネの男が、説明している。
しかし、今市理解してできていない様子の二人を見て、隣にいた、銀髪の女性に何やら指示を出して店内を探索しだした。
リンと呼ばれていたその女性が空中に人体図を投影する。
投影された、人体図の前に『ただ今再生する動画材は、解剖人体を投影します。
耐性のない方、および 苦手な方は閲覧をご遠慮ください。』と書かれている。
しばらくして、吐きこそしないものの青い顔をしている二人にメガネの男が、
「あの~このDas Kaffehaus im Waldって何ですか?」
「あ。見つけちゃいましたか。
100年前に開店した時はそれが店名だったんですが、
お客様から、何の店か分かりにくいといわれて80年前にこの店名にした んです。」
「はあ。」
「仮想最終累計損害額5637京8697億4693万円。王国換算34億1746万9931サフィル91クレスですね。」
「なにがです?」
「もしかして、綾香君の?」
光一の問いにリンがうなずく。
「何もそんなもの計算しなくたっていいじゃ…ヒィィィィヤアァァァァァ。」
綾香が奇声を上げる。全員が一斉に綾香を見ると、綾香の頭の上にもう一つ女性の顔があった。
いや乗っていたというほうが正しいだろう。
「な、な、な。というかだれですか私の上に乗っているのは。」
「あちゃあ。こりゃ暇だから来たな。主上、それやるならリンのほうがいいんじゃ。」
主上と呼ばれた女性が浮いた状態で、3人のほうにやってくる。目は瞬き一つなく、表情もない。リンも同じ状態で向き合う。
「何してるんですかぁ?」
「システム同期。それから、この状態の時に回線を使わないでくださいね。データが飛びます。」
「わかりました。」
そういって光一は、また綾香を連れて店の裏方に入る。

「アーびっくりしました。」
「私にいきなり触られるのとどちらが驚いた?」
「どちらも・・・と言いたいですがさっきのです。」
別段落ち込んだ風でもなく、光一は、考え込む。
「どうしたんですかマスター?」
「いや。遥夢さんどこから入ってきたのかと思ってな。」
『くちょん』
いきなりかわいいくしゃみが大音量で聞こえる。
びっくりした二人だが、光一が、「誰かのポニーテールで誰かがくしゃみをしたのだろう。」と言ったので表には出て行かなかった。
少しぼうっとしていると、
「やっぱりこれ作った人ネーミングセンスないよ。ねぇ、混神君?」
という声が聞こえた。ネーミングセンスという言葉に光一が反応する。
「そういえば、マスターは今幾つでしたっけ?」
「確か、…わからん。その前に綾香君。ちょっと、皆さんの相手しててくれないか?」
「何でですか?」
「何となく腹が痛い。」

「というわけでぇ、今マスターの代わりに私が接客するですぅ。」
「だってさ。」
「何となく二人の漫才的展開がないとこの店に来た意味がないというか。」
「へ?」
「まあ、呼んでくるといいよ。見るだけみるよ。ここにいる4人は四人とも医師免許持ってるから。」
綾香が光一を連れてきて四人の前に座らせる。
「…だからって4人でみる必要はないのでは?」
「いややるのはリン。だって、野郎がやるよりも女性がやるほうが光一さんもいいだろうし主上だって、あまり治癒診察したことないしょ。」
「それはそうですけど。」
そんな二人の話し合いをよそにリンが光一の顔を掴む。
彼女は相手の神経と、自分の神経をつなぎ、相手の病状を確認する能力を持つ。
「現状情報取得完了。特定演算に入ります。」
そういうと、光一の顔の前に手をかざしたまま静止する。
「どうしたんですか?」
「彼女の脳の記憶域は無限です。その記憶の中から、今回の状態と一致する症状を持つ病気を特定しているんです。」
「そういえば…処女?」
いきなり光一がリンを指して問う。
「まあ。じぶんでじぶんのことを…」
「私はマスターの所有物ですから、私をどうしようか決めるのはマスターのご意思です。」
「と来るものだ…てもう演算が終わったんかい。」
「疾患該当はありません。該当するといえば、細胞置換でしょうか。」
「「さいぼうちかん?」」
「光一さまの下行大動脈焼結部はその名の通り焼き繋げられています。
今まで神経の通っていない内部の細胞を生きたものと置き換えていたのですが、…いきなり神経の通っている最外部の置き換えも始まったようです。
…おそらくは我々が来たせいでしょう。
マスターは、ナノマシンを制御するコンピュータの管理権限を、私は、直接ナノマシンを制御する能力を、そして主上はナノマシンを生成する能力を持っていま す。
我々3人が集まった場合その場に疾患治療用のナノマシンがあるとその働きが過剰に促進されることが分かっています。
今回もその一例でしょう。」
今回の説明もよくわからない。

4人が帰った後。
「マスター、これいただきましたぁ。」
そう言って一枚の板のようなものを掲げた綾香がはしゃいでいる。
「綾香君、そんなこと言って、ねだったんじゃないの?」
「失礼な。お会計の時にいただいたんです。マスターにもって。はい。」
「…何なのだろうか。」
「これ…チョコじゃないですよね。何でしょう?」
「綾香君。これはデータブレードだよ。」
板チョコ大の大きさのこげ茶色の板を眺めていた光一がふと綾香に尋ねた。
「綾香君、これが何か言ってなかったかい?」
「えー…っと。あ。これを渡せって言われました。」
そう言って綾香が、紙を渡す。渡された紙を読んでいた光一だがいきなり、店のパソコンのカバーを開けた。
「何をしているんですかぁ。」
「これはこうしないと使えないんだよ。」
そう言って、持っていた板をセットし、ケーブルをつないだ。そして電源を入れる。
「マスター好みの画像ですね。」
『お疲れ様です。ただいまよりマスター光一のサポートをいたしますA.Iです。デフォルトではルカとなっております。
お好みで変更してください。これから どうぞよろしくお願いいたします。』
「ん?A.Iなら既に入っているが?」
光一が首をかしげると、
『マ スターがこのPCに組み込まれたデータブレードには、非売版のCoil OSが入っています。
マスターの指示でいつでもクイックインストールが可能です。もちろんいただく時間はほんの少しです。
それから、ルカはマスター光一の 所有物です。マスターの命令がたとえ法令に違反するものであったとしても遂行いたします』
「まるで、リンさんですねぇ。」
「そうだねえ。」
「私がもらったのには何が入ってるのかなぁ。」
そう言って、光一が落としたパソコンに入れてもらって電源を入れる綾香。
『今日はお世話になりました。
マスターらが大騒ぎをしたお詫びと言ってはなんですが、
当蒼藍王国藍蒼市名物のビルの詰め合わせと、世界製菓協会会長のパ ティシエ作の創作菓子のセットをお送りさせていただきます。
到着はおそらく17時ごろになると思われます。』
リンにそっくりな女性が現れてそう言ったあと、いきなり、「A.Iインストーラを起動しますか」というメッセージが現れた。
翌日また、あの大騒ぎが繰り広げられている。
どうやら、光一の正論に対し、綾香が、理不尽な理由で対抗して光一を刺そうとしたようだ。

発展続く日本連邦の中でぽつんと残されたかのような北関東緑地帯に位置する失変カフェ。
長京第四都心東京駅から最寄り駅までは電車でわずか20分。
実際は失変カフェはwebサイトです。当方のリンクから行くことが可能です。