「刀扇。」
「これを私が扱えるようになれと仰るのですか?」
秋子が問う。そもそも、リンが、自分の技を見せたと言うことは、それだけ、秋子に期待していると言うことに他ならない。
秋子に、自らも、部下も守れるようにという願いを込めうなずいたリン。
しかし、秋子が問うのも無理はなく、刀扇というこの技は相当な握力、腕力、バランス感覚、重力制御能力に、高加速度が無ければ使うことはおろか発動すらで
きない。
「ん?どないしたんや?リンさん。」
一度技を見せた後、普段ならそのまま立っているリンが、この時は珍しく椅子に座っていた。
「マーシャ、ここへ。」
「マーシャって誰や?」
真朱彌が問うと、トゥーラルが、真朱彌を指し、
「おぬしじゃ。」
という。
「わたし?私は…もしかして、それって、混神さんをコエルと呼ぶのと同じやろか?」
そう真朱彌が問うとリンは肯いた。
「私は、旧世界の創造主です。でも、新世界の創造主はあなたです。マーシャ。」
そうリンは言うが、おそらくそれを聞いて、どういうことかを理解したのは、同じ創造主である遥夢と情報に精通した涼子の二人だけだったであろう。
「まあ、たまには冗談の一つも言いたくなるじゃろうて。万年無表情なのじゃからな。」
そう言って、トゥーラルは、4人を促し、建物の外に出た。
「もう昼餉のときじゃ。さっきはコーヒーを飲んでいたが、やはり腹に収めるべきものは収めんと、道理に反するからのう。」
この言葉に、賛成の意を示す一行。
そして、秋子と辰哉がよく行くという食堂に向かった。
「ふむ。この、地獄魚とやらの刺身を3皿と、店主お勧めの酒を貰おうかの。」
「どんな味がするんやろ。」
「かんたんにいえば、白身のマグロです。味はマグロですが、身の色は白というもので。」
「ほう。マグロは食べたことがないからのう。楽しみじゃ。」
しばし談笑していると、刺身の盛り合わせが運ばれてきた。
「ふむ。うまそうじゃのう。」
「しかしあっつい日やねぇ。」
「確かに、泳ぎたくなるような暑さじゃのう。」
真朱彌の言葉に同意を示すトゥーラル。
早々に食事を済ませて、手近な泳げる場所として、ある湖に向かった一行。
「おお~…元素転換!」
そう言って、トゥーラルは、自らの服を水着に変換する。すでに何回もの改暦を経験しているとは思えないほど整った体つきに、真朱彌は驚いた。
とはいえ、真朱彌も負けてはいない。なぜか、涼子が見立てた、リンと色違いのパレオ付きのビキニタイプの水着を着てトゥーラルの横に立つ。
「主もなかなかやりよるのう。」
「あれ?リンさんいませんなぁ。」
「リンなら、魔界のを引っ張りだすのに躍起じゃったぞ。」
その言葉に、すでに着替え終えて準備体操を終えた辰哉も含めて、着替え用のテントを見る3人。
「い、いやだ~勘弁してくれー。」
そうわめきながらも、リンに引きずり出された秋子。
「あのなぁ、泳ぐのに浴衣か?」
「仕方ねぇだろぅが。これしか持ってねぇんだよ。帯引っ張んじゃ…。」
言い終わる前にトゥーラルによって帯が引っ張られていた。
「ほう。主もなかなかの体つきじゃのう。安心せい。わしは、嫁のようにいきなりセクハラまがいのことはせん。」
いきなり、浴衣がはだけパレオタイプのビキニ水着となった。秋子は赤面してしゃがみこむ。
「…。」
ポイ!
いきなり、パレオの腰をつかみ、湖に秋子を無言で放り込んだリン。この行為をきっかけに思い思いに飛び込む一行。
「ぶはぁ。いきなり何すんですか。」
秋子が抗議するも、リンはいない。
「「おお~。」」
そんな声が上がりその方向をみると、まるで、イルカのように華麗に水上バック宙を決めるリンと、それを眺める3人の姿があった。
「おい、秋子、其処あぶねえの忘れたのか~?」
辰哉の声が響く。
「底が緩いんだろ~。わかってるよ~。」
「ところで、おまえ大丈夫なのか?」
「ん~なんか大丈夫みたいだな。」
もともと、水が苦手な秋子だが、リンが、パレオの腰をつかんだ表紙にナノマシンによる防水シールドが展開されたようである。
「いくぞ~。」
ビーチボールを構える秋子。そしてそれを投げる。その軌道上には辰哉が居た。
「…おわっ。」
辰哉が転ける。
「ん?ほれ。」
ボン!そんな音をさせながら、スイカ割りなどに使われるプラスチック製のバットで向かってきたビーチボールを真朱彌が打ち返す。
「いてて…。」
辰哉が言葉を切る。というのも、真朱彌が打ち返したボールが、辰哉のほほをかすめていったからだ。うっすらと紅い跡が残る。
ドン!
明らかにビーチボールがたてる音ではない音を立てて、トゥーラルの後頭部に真朱彌の打った球が当たる。
トゥーラルが振り返ると、ほほに手を当てたり手のひらを見たりを繰り返す辰哉とポリポリと頭をかく真朱彌が居た。
その真朱彌の手にあるものと、自分の足下にあるものを見て、トゥーラルはため息をつく。
「まあ、たまにはよいかもしれんな。」
そう言って、思い切り球を投げるトゥーラル。弾道の先にいたリンが、その球を華麗に蹴り返す。
しかし玉はわずかに角度を変え、ちょうど振り向いた秋子の鳩尾に見事に当たり、秋子は水面に浮いた状態で気絶した。
トゥーラルは笑いながら、岸に秋子を運び上げると、顔にマジックで落書きをした。これには、辰哉や、真朱彌も便乗。
たちまち秋子の体は水着以外は落書きだらけになってしまった。
そして、リンの気付けで目を覚ました秋子は、トゥーラルに誘われ、真朱彌も含めた3人による競泳に挑むこととなった。
「ふむ。若手相手で勝てる気がせんのう。」
「…よくやるなぁ。」
「…。」
その後、
「か、体が痛い。」
「もう、動けへん。」
そうは言いつつも、普通に動いている真朱彌。
「なんじゃ、二人ともだらしないのぅ。」
「はあ。はあ。戦場で鍛えられた、太皇太后殿下と比べられても困ります。」
「そうゆうがのう。ぬしも、元気に動いとるではないか。」
突っ込まれた真朱彌は、
「これでも無理してるんです。」
「でもそこに転がっておる、魔界のものより元気ではないか。」
「ショ、ショートした。」
そう言いながら、小刻みに震える秋子。
「そりゃ往復10kmも泳げばシールドもはげるだろう。」
ふわふわと浮遊するリンが、真朱彌に近づき後ろから首筋にかみつく。
「いった!な、なにすんねん。」
「なんか、…。」
「ここに子供がいたら危険じゃのう。」
水着のまま、真朱彌の首筋にかみつき続けるリン。数分間かみついた後、噛み跡に滲んだ血を舌でなめ、離れる。
「なにするんねんや。いきなりかみつくなんてひどいやないか。」
「ふむ。大阪の、疲れが消えたのではないのか?」
「そういえば、体がえらい軽くなったような。」
どうやら、トゥーラルは真朱彌や秋子の名前は覚えてはいるものの、出身地で呼ぶほうがいいと考えたようだ。
「それで大阪の。ぬしなかなかやりよるのぅ。魔界のとはえらい違いじゃ。」
「国母にそう言っていただけると嬉しいけど、ほかに方法なかったんか?なんで噛みつくんや。」
ジ~。
「な、なんですか?」
リンがじっと、秋子の顔を覗き込む。
ポイ。
そんな感じで、秋子の口に何かを放り込むリン。
「ぐ…うう…ごほっ…な…何飲ませたんですか?」
明子の問いに、リンが見せたのは禍々しい色をした、小さなカプセル薬だった。
「ふむ、大阪のが作った回復薬を飲ませても動けんとは。どうしたもんかのう。」
「しょ、ショートした。」
「……。」
「てい!」
真朱彌が、秋子の頭をはたく。
「~っ!」
「壊れたラジオは叩けば直るんや。特に魔界製のラジオは濡れても、はたけば直るんやと!」
見事に痛いところにクリーンヒットしたのだろうか、秋子が悶えながら、地面を転げまわる。
「あまり転がりすぎると、また湖に落ちてまうで。」
「元気になったようじゃな。」
「…温泉行きたいです。…混浴の。」
このリンの言葉に、秋子が固まる。真朱彌はもうどうにでもなれと言うという感じでいる。
魔界は多くの温泉がある。そのうちに一つに一行は入った。
「なんで混浴になったんや?」
「辰哉だけ別というのはかわいそうですから。」
この言葉にため息をつく真朱彌とトゥーラル。
「お、おい、いくら水着つけてるからって、暴れんなって。」
はしゃぐ秋子をたしなめる辰哉。水は苦手なのだが、なぜかお湯に入ってもショートを起こさない秋子。
「さてと。こんな時じゃないとためせんからな。ちょっと新薬試させてもらうで。」
「新薬?」
真朱彌は、混神が居ないところや、大学の研究室ではたまにマッドサイエンチックな一面を見せる。
「アクア・アルタって、名前なんや。」
一定範囲内の空気中の酸素と、水素を強制的に結合させ、水が、一定体積存在する場所に強制的に凝集させ、そこにある水分の温度と同じ温度にする薬や。」
真朱彌がそう言って、中空から取り出した小瓶の中身を、空中に振りまく。
するとものの数秒で、湯船のお湯があふれ出し、洗い場まで、お湯につかってしまった。
これが内湯であったため、周辺に被害は出なかった。
「要は、強制的に洪水を発生させる訳や。
まあ、規定範囲内に一定値以下の必要要素が存在せん場合は、近くの河川か、湖沼にある、水の、分子間結合を強制解除して、
指定位置に転送しそこの水分子と
融合させるんや。」
「で?作った目的は何なのじゃ?」
「簡単に言えば、父からの要請です。父は、王国四軍総括研究所の主任研究員なんです。」
真朱彌が、自らの家族のことを話すのは、、有栖の蘇生時以来のことだった。
「ふむ。つまりは、、そなたの父上が、おそらく陸軍上層部からの要請で強制的に洪水を起こすための研究をさせられたが、難しかったと。そういうわけじゃ
な。」
「父の、メインは機械工学ですから、機械を使えない場合はどうにも苦手で、そんなときは、私に、回ってくるんです。」
「御父上の階級は?」
「摂津好平大佐です。」
「誰が名前まで言えと言ったのじゃ。ま、それはともかく、主は化学、生物に精通しておるようじゃのう。感心したものじゃ。
しかし、ぬしの父上もこれからは大変じゃのう。
今まで、軍とは関係ないパートナーだった娘が、その場の流れとは言え、軍に入り、さらに、自分よりも上の階級なのじゃから。」
これには、さすがに真朱彌も苦笑いするしかないようだった。
ちなみに、真朱彌の母親は日本の大手試薬会社の新薬開発部門の主任薬剤師を務めている。
しかし、親子そろって学者をやらなくてもいい気がするが、やはりそこは遺伝子なのだろうか。
「あれ?秋子のやつどこ行った?」
「お前の後ろだよ。あの薬のせいで、流されて一周しちまったぜ」
秋子が愚痴る。
「なかなかおもしろいなあ。せや。リンさん、遥夢さん達から、なんかゆうてきてへん?」
「いえ何も。ただ、『楽しそうで何よりだ。魔界のお湯でのぼせないように気をつけて』という旨の伝言をお預かりしております。」
「よし。今日はここに泊まって、明日は、界外交務省本省に乗り込むかのう。」
「「う゛ぇ?」」
トゥーラルの言葉に固まる秋子と辰哉。それを見て吹き出す真朱彌。
「せ、せやねえ。首覚悟でとっちめるゆうたそうやから、時間を思いっきりぶっ飛ばしてやるとええかもしれへんねぇ。」
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