L.C-S 第16章 王の姉妹

「おなか痛い。」
「「はあ?」」
いきなりそんな事を言われてこう返さない者はいない。
まして、いつもとぼけた事は絶対に言わない者が言ったのならなおさらである。
「遥香、いつから痛むのですか?」
「さっき。」
「混神…。」
「真朱彌さんならおらんで。学会があって、今ブガルに行ってるわ。」
言葉を遮られた遥夢はきょとんとしていた。
「ブガル…ブガル皇国?何で、そんなところに。」
「全先進界総合医学学会。聴いた事有るだろ。」
きょとんとした者たちの表情が納得の表情に変わる。
「「魔導界!?」」
「ちょっと。大きな声出さないでよ。お腹に響くんだから。」
「…混神、総合疾患事典はありますか?」
「は?」
持っていた本人も、そして、遥夢が気づくまでの間、周りの者たちもその本の存在をすっかり忘れていたようである。
「…で?スキャンしたけんさ、この結果言った方が良いの?」
「お願いします。」
「あ〜あんねぇ。」
かなりお茶を濁したがる混神の様子を見て、涼子が混神の持っている本をのぞき込み、納得して、お茶を濁す側に回る。
「これは濁したくなるわ。」
そういう涼子の言葉に後押しされたか、それとも遥夢の気迫に怖じ気づいたかは解らないが、ついに混神が語り出した。
「生理痛だと思う。実際には真朱彌さんの診断がないと正式なものは何ともいえんけん。でも、真朱彌さんの改修を受けてる分、この本の診断に対しても一定の 信頼性はあるでよ。って、あれ?どしたの?」
あれだけ痛がっていて、何かの病気かと思えば、結果はあっけなく単なる生理痛と来たら、それは誰もがこけるだろう。正規がそう言うと遥夢も納得した。
「何か楽しそうな事してるではないですか。お姉様方。」
「明日香。相変わらず堅いですね。」
「それは言わない約束…じゃなかった。ミッドガルド騎士団から緊急の報告です。アエル星系のシステム中位端末を有する、教会に何者かが侵入。アクセス端末 を破壊して逃走中。現在騎士団が捜索を続けているそうです。」
「アエル星系って何だ?」
正規が問いかける。
「アエル星系はスオウ州にある巨大な農業惑星系で、近代的な建築物は教会だけというのどかな所だよ。」
涼子の説明に納得した様子の正規。
「アクセス端末破壊してもなあ。スオウの高位端末が破壊されない限り、スオウ州のシステムは安泰だし万が一、破壊されても、MCPUがいるからなぁあんま りその破壊に関する労力に対する見返り的なものは少ないから気にしなさんな。」

さて、人には、向き不向きというものがあるように、法人にも向き不向きがあると言われている。たとえば、人を引きつける事が得意でもその引きつけた魅力を 生かし切れない企業がある。
この向き不向きをうまくまとめ上げ、生まれたのが、藍蒼三社共同体。通称LLCである。
門沢財閥というものがある。この財閥の強みは何より調査機関が発達しているという事である。
とはいえ、3Cは情報を扱う企業である故にトータルアドミストレータの直属機関であるコイルスを内包するため、情報収集のための調査能力では門沢財閥は遠 く及ばない。
ところで、今この話を読んでいる方はL.C-Sだけを読んでいる方だろうか?もしL.Cから読んでいるならば、L.C第六章であった事件を覚えているだろ うか?
ミッドガルド教プリースト連続襲撃殺人事件の事を。
この事件で、唯一生き残ったプリーストはその後、寝る間も惜しんで続けた修行により、ミッドガルド教の聖職者の最高位であるマスターウィザードに昇格し た。今回は、その彼女が司祭を務める教会が舞台である。
「何があったのです?」
「上位端末にアクセスしようとした形跡が見受けられます。」
修行僧の返答に彼女は、しばし考えて、
「急ぎ神政省に連絡を。陛下に指示を仰ぎます。」
「お取り込み中のところ申し訳ありません。司祭様、教皇猊下がおつきになりました。」
「なんですって?」
展開がいささか強引かつ都合がよすぎなように見えるかもしれないが、そこは、この後出てくる人物の紹介のためと思ってほしい。
『げ、猊下、今ここに立ち入られては。』
廊下で侍従が誰かを押しとどめている。しかし、押し切られてしまったようでドアが開く。
そこには遥夢によく似た女性が立っていた。
「……。」
彼女は無言で部屋の惨状を見た後どこかに電話をかけ始めた。
少し経って、部屋の外が慌ただしくなってきた。
『こちらです。』
誰かが案内されてきたようだ。
「明日香、いきなり電話してきてどうゆうことか…。明日香。遥香を頼みます。」
「遥香姉様。いかがなさったのですか?」
「生理痛だそうです。」
これを聴いて明日香もこける。
その間に遥夢は破壊された端末を無視し、壁に向かう。
「MCPU Access sequence standby…Start。」
『Midgured system boot.>>>MCPU access sequence
select to Altiniana>>>>>>Ruenea sequance enuni borsangu.
MCPU No.02-Realshel Conect complete.
ミッドガルドシステムカルティナ高位端末系列レンバーナ上位端末への接続を確認しました。
アクセス端末自動修復コマンド解放。』
部屋が一時的に溶けたように感じられた。
しかし、それも一瞬であり、すぐに元に戻った。一つだけ、違うのはアクセス端末と言われている、あの部屋の真ん中にあった筐体が完全に修復されていることぐらいだろうか。
「ふー。やっと終わったわ。それにしても、ブガルから王国って意外に近いなぁ。」
「異界間座標相違は簡単に補正できてしまいますからね。それはそうとお帰り…。」
「真朱彌さーん。お帰りなさーい。」
混神がまるで犬のように真朱彌に飛びつく。
「おい。混神、真朱彌さん困ってるじゃねぇーか。」
「ま、まあ、ええやないか正規さん。ほんまもんの犬と違ってべろべろに人の顔舐め回したりはせんぶん。」

「それじゃあ、まだその犯人は見つかってへんちゅうことか。」
「そうなりますね。」
「…あれですねえ。ここら辺えらい空気が淀んでますねぇ。」
遥夢が窓の外を見ながらつぶやく
「仕方ない。混神。…混神?」
混神を呼ぶ遥夢だが、当の混神はなにやらポケットの中をまさぐっている。
「あったあった。あり?みなはんどしたの。」
相も変わらず、こいつの行動パターンは解らない。
「と、とりあえず、混神じゅんびは?」
若干まだ慌てている遥夢。よく車に乗っているタイヤ交換用の工具袋のようなモノを混神に見せられ、ようやく落ち着く。
「混神、3号の長40-2000、連25万、角2端で錬成を。」
「姉様、何が来ているのですか?」
明日香の問いに遥夢がため息をつき腕を光らせる。
『カン………カン………。』
「なんだ?」
『カン……カン……カン……カン…カン…カン。』
「ねえ、混神この音間隔がだんだん。」
「!主上今すぐエネルギー収束を。」
バン。
そんな音を立てて、遥夢の左肩が爆ぜる。ちぎれた左腕が、部屋の隅に飛びそこに入ってきたシスターが悲鳴を上げる。
『System Error
Midgold system CPU No.02 Realshel Some damage to lower efficiency for each operation.
 Waiting to try to reconnect disconnected loss recovery
Check the bleeding from the damaged area.
 To protect and ensure the performance of the operation into hibernation.』
「あれ?」
遥夢のV.C.Pから発せられた電子音声の後遥夢が、崩れ落ちる。
「おい。遥夢。遥夢。」
「安心せぇ。脳の保護のために一時的な休眠体制に強制的に移行したんよ。」
そういううちに遥夢の傷口をしっかりと治療する真朱彌。
「大やけどしとったんやなぁ。」
真朱彌の言葉に遥夢の顔を見る一行。
おそらく、顔についた血を真朱彌がとったときに一緒にはがれてしまったのであろう。薄く塗られたファンデーションの下から現れた顔の右側は茶色く変色し、幾筋にもしわが寄り左右に張っていることが見て取れる傷跡だった。
「素体が、遺伝子異常で、再生成中なうえに原体も再組成中だし。おまけに、右目が全く見えないと来てるからな。大変だよこの人は。」
『Check the fusion of the bleeding site.
A Safe Mode boot AI personalities we have covered under the auxiliary system restart,
 a reboot of the character running in normal mode and the first target.』
この声に合わせるかのように遥夢が目を覚ました。
「まさか、腕が飛ぶとは思いませんでした。」
これには誰もが苦笑いで返す。
「くっつくかなぁ。」
そういいながら、拾い上げた腕をくっつけようとする遥夢
「無理か。」
つかないと解ると、あっさりとその腕を無に帰し、自らの細胞分裂を活性化させる。
「えらいあっさりと、回復しますね。」
「さっきの音はなんなんやろか?」
真朱彌が首をかしげる。
「エネルギー収束異常警告音だったみたいです。」
「…とれちゃったんですね。見てしまったのですね。」
「あ、あのなぁ、遥夢。」
明日香の表情を見て、自分の醜態を見られたと知った遥夢。正規が声をかける。が、
「気にしないで下さい。元々、使える素体は、こういう風に弱い素体だったんです。」
そう言って、机上に、振る舞おうとする遥夢に明日香が近寄り、遥夢の顔をまじまじとのぞき込む
「おねぇさま、右目は見えないのですね。?」
「ええ。」
「お顔が時折疼くのではありませんか?」
「ええ。」
そこまで訊くと明日香は、遥夢から離れて、混神に耳打ちをした。
「…はー?!。」
「どったの?」
混神があきれたような驚いたような声を出す。
「主上、その傷治療したの、真朱彌さんですか?」
「いえ。連邦の医師です。」
「名前は?」
「―(本人のプライバシー保護…も何も実在しないから良いのか)―です。」
ここで、あきれたような怒ってるような笑ってるような複雑な表情になり、だてめがねを外す混神。
「あんの、藪医者が〜。」
シスターがおびえる。
「主上、そのやけどあとさえなくなれば、その素体は本来の性能になります。右目の視力も戻ります。」
全員が首をかしげる。混神が明日香に向き直ると明日香は、深く一回頷いただけだった。
「真朱彌さんにだけ教えましょ。」
そう言って真朱彌に耳打ちする混神
「あ、それは本人に伝えるのは酷やなぁ。」
「何なんですか。」
「…そっか、この人痛み感じないんだから、急速止血剤さえあれば、ちょっとメスで剥がして一気にベリッと行ってもかまわないんだ。」
相も変わらず、すごいことを思いつく。
「つーわけで真朱彌さん、できる限り双方傷つけないように、剥離をお願いします。」
「はあ。」
このあとの華麗なメス裁きを、お伝えできないのは、悲しい限りである。
「…麻酔が切れるまではそっとしておいてやろ。」
そう言って、真朱彌の元に集まる一同
「なんなんだこれ。」
そう遥香が言ったとたん混神は耳をふさいで、後退りする。
「裏返すで。」
真朱彌が、ヘラで皮のようなモノを裏返すとゆっくりとうごめく六本の足と、節が見えた。
「医療現場で、裂傷なんかの早期癒合を狙って使われているものや。名前はな、ヒトノエっていって、魚につくウオノエと近縁の節足動物や。」
「王国じゃ、こういう風に患者の視力を奪ったり元々の身体機能を著しく損なうって事で、使用が禁止されたんだけんな、連邦じゃまだ中小の病院で使用が相次いでるんよ。」
「最初はきれいな肌色なんやけどだんだんとこうなってきてまうんや。」
「じゃ、じゃあ、俺たちは帰るわ。」
寝ている遥夢を担ぎ上げた正規がそう言って、主師は去っていった。

しばらく、押し黙っていた二人。
「おい。明日香、何をしている?」
入ってきたのは清明。遥夢が、平安時代から引っ張り出してきたあの清明だ。
明日香が、その場に残されたヒトノエが入ったトレイを清明に見せると、
「…それで、これが、遥夢の顔についていた火傷痕の正体という事か?」
明日香がうなずくと、
「さすがやつというか、この大きさが寄生したら並の人間は死んでいるな。」
「旦那様はいったい何を?」
「奴の言いつけで、システムの確認をしてきた。」
整った顔立ちは、スーツを着るといっそう引き立つ。
「ゆき?」
「今はこの星は冬ですので。雪が降っても何もおかしくありません。」
「明日香、ナイフを持っているな?」
アウトドア用品としても名高いが、工具箱を持ち歩くのがいやな混神が持っていた、ごとくナイフをもらいいつも懐に忍ばせていた明日香が、ナイフを取り出し清明に渡す。
いやな断末魔の悲鳴が響き動かなくなる、虫ををビルの窓から、ビルの脇の池へ投げ捨てる清明。
その後視察は続けられ、状況は遥夢に逐一報告された。

次は、夢遥の通う専門学校の放課後をアレンジしたものです。

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