L.C-S第7章 下りましょうよ


「また大きくなったんや無いの?」
「そんなこと無いですよぅ。そんなこと言ったら、真朱彌さんも、前よりずっと大きくなったんじゃないですか?」
「ふぅ。うちもこう見えて大きくなった方だよ。」
この秋子の言葉には男湯から、
「「それ、この前のメッセで聞いたぞ。」」
と、混神と辰哉のシンクロが聞こえてきて、男湯と、女湯で同時に大爆笑がわき起こった。
「とびこめ!」
「断る。」
「おい正規、そっち、持て。近藤さんはそっち。宗介そこ持て。せーの1,2,3」
「ぎゃ~~~~。」
ボチャン

「ねぇ、なにやって。」
「このばか~。」
なにやら河の方から声が聞こえる。
「ね~なにしたの~。」
「敏明をこっから河に落っことしてやった。」
「っくし。う゛ぁ~さび。」
「かまえ。」
この後、喜んでいるのか、悲鳴なのか分からない叫びが、女湯にまで響いた。
「今度は何した。」
「男湯全員で洗面器にお湯汲んでかけてやった。(笑」
「今度はおまえだ。」
敏明の大声が聞こえる。
「…女湯のぞき見をかけてのバンジージャンプたいかーいというのは冗談で、こっから、川に飛び込むまでのタイムが一番短かったやつに、玉露神宮温泉郷の 10年間無料宿泊券をプレゼント。」
「ばっかじゃないの?」
女湯から、涼子の呆れ声。
「馬鹿だけどそれがどうしたの?たまにはみんな羽目はずさんとね。あ、土が付いたら、失格、河で綺麗になってから上がってくること。」
 「わきゃぁ。」
真朱彌の悲鳴が上がる。
「あら。ほんとに大きいのね。」
「あっ…いやっ…やめっ…あんっ…そこは…私…そこ…弱い…んやから…。あ…ああっ…うっ…んっ…。」
パッカーン
小気味よい音が響く。
「母さん、何恥さらしなことやってんですか。」
「だって、ほんとにおおきかったのよ。」
「皇太后殿下、もう一度お願いします、こっちでなんかおもしろい光景が広がってるので。」
男湯から混神の声。
「前屈みの人たちが大量発生してます。…できたら、もう真朱彌さんはやんないでください。もしやったらリンけしかけますよ。」
「相当怒ってるね。」
「やり過ぎ…たかな?」
「こら、やめんか!ぬしら、なにをするのじゃ。」
この後、神楽のあえぎ声が20分ほど響き、前屈み集団にとっての拷問が続き、混神によるライブで、大爆笑がわき起こった。
20分後のぼせたのかそれとも… な理由でかは分からないが、露天風呂の洗い場でバテる神楽の姿があった。
翌日大声で笑う11人と、それ以外が、再び2両編成の電車に揺られて、雛野杜温泉駅に戻ってきた。
「走れー。」
混神の言葉に、飛べる者は足の遅い者を抱えて、足の速い者はそのまま走って、特急の止まるホームに駆け込んだ。
「いきなりトンネル?」
「こっからは、川沿いか、トンネルがしばらく続くど。」
『湿気は苦手だ。』
「じゃあ、ラジオを隠せばいいじゃねーか。」
『あ。なるほど。頭良いな。」
「いや。世界一えらい馬鹿だがな?」
この言葉に正規が大笑いする。
「それ久しぶりに聞いたな。」
「あ、神蒼麒線だ!」
「聞けよ!」
混神が騒いでいたのは、神蒼麒線とちょうど併走状態に入ったためだった。
山間部でも、都市部の運行頻度に合わせるために5分間隔で運行している神蒼麒線は、その間に高速線を内包する区間がいくつか存在している。
「ねぇ、はるちゃん、あの子、さっきから顔合わせてくれないの。私何かやっちゃったかな?」
「母さんご自分のやられたこと覚えてらっしゃらないんですか?」
「え?私何かやったっけ?」
見回す覇月に、誰も目を合わせようとはしない。
「ぷ!っははははははは…。え、それが理由なん?そうなんや。それなら、おこってもしゃーないなぁ。でも、いくら、皇太后でも少しデリカシーを持ってなん かしてもらいたいもんやな。」
いきなり笑い出した、真朱彌に視線が集中するも、その前に混神が居たことで納得し、周囲に説明を始める者達によって、事態は収拾し、列車はいよいよ、山を 下る進路を取るために最後の山間部の駅に入った。
「いよいよ、信濃原に向かうわけだが、まあ、ここで15分程度停車する。というのもこの後、この特急は終点までの間にある10駅を見事にスルーする。
その中には、信濃原支社の看板特急が止まる、実典潟もある。
つまり、車販も無いから、この駅で補給は済ませとけということだ。」
10個もの駅を通過し、さらにこの列車のために、別の特急までもが道を譲るもしくは、大動脈を支障しかねない。そんな話を聞いて、トイレに行きたくなった 者が少なからず居たようで、3両に及ぶ大団体は、なにやら得体の知れない結束間が生まれていた。
1時間後
『長らくのご乗車お疲れ様でした。まもなく信濃原に到着します。』
ホームに降り立った一行。
『この列車の到着と同時に出てしまいました。』
「次発は?」
『15分後です。』
それを聞いた混神がいきなり止まったため、階段に集中していた一行は止まってしまった。
「どったの?」
「…よう分からんな。真朱彌さん、-有ります?」
「有るには有りますけど、何に使いますん?」
真朱彌に混神が耳打ちすると、
「それなら、これだけ。」
そう言って、真朱彌が、少しだけ液体が入ったアンプルを混神に手渡す。
「…やっぱしみえないな。リア、エーテルラインのスキャンとビルクストリームによる染色。…なるほど。後で見極めっか。そこで泣いてないでおいで。」
「何が居たんだ?」
「それは秘密。」
そう言って、階段を上っていった混神。ほかの者が後に続くと、また階段の上で止まっている彼が居た。
「…小枝の後継型のOSを積んでるな。」
混神が拾い上げたのは、1台のPDAである。
「なんなんや?それ。」
「これですか?…む~。」
「どないしたんや?」
「いや、ハードウェアが、もう限界なんですよ。カーネルコードの書き換えに耐えられないでしょうね。」
「だから…。」
「このPDA。…で、真朱彌さん、物は相談なんですけど。」
混神が、真朱彌の方を向く。
「な。なんや?」
「この子、真朱彌さんが使ってあげてくれませんか?」
そういって、PDAを渡された真朱彌は、戸惑いながらも、
「ハードが限界なんやろ?そんなん使わせるつもりなんか?」
と、問うた。
「ハードは、1時間以内に作成して、お渡ししますから、お願いします。」
そういわれて、しぶしぶながら、うけとり、データをすべてバックアップして、充電をしつつ、画面の表示を落とし、ハードの延命を図った。
「なつかれてますね。真朱彌さん。」
混神が歩いて行ってしまい、しばし呆然とする真朱彌のそばに涼子が歩み寄り、こういった。
「どういう意味や。」
「言葉どおりの意味ですよ。
彼が誰かに懐いてるのを見たのは、たぶん、リン以来じゃないかと、思うんです。
真朱彌さんは、リンと同じにおいがするんです。だから、 混神は真朱彌さんに懐いたんだと思いますよ。
混神が、誰かに懐くのはそうそうあることじゃないですから。
彼は、懐いたら、その人にとって、利益となることをやりとおそうと貫き通します。
でも、一度でもその懐きに対して裏切り行為がわかったら、もう、彼から利益は受けられません。普通の人は。
真朱彌さんは、混神が最も懐いている他人でしょう。真朱彌さんなら、たとえ、その懐きを裏切ってしまっても、彼は懐いたままのはずです。
もし、真朱彌さんが、混神に対して、何らかの報酬ではないにしろ、彼の喜ぶようなイラストなり、髪形をしていれば、真朱彌さんにとって、利益となることが どんどん起きるはずです。
でもそれを望んでいなければ、混神は、それを認識して、最低限のお礼を行おうとするはずです。混神は、もともと、人には懐くような性格じゃないんですが、 真朱彌さんは、特別でしょう。」
「コイルはんが、私に懐いてるって?ポケモンや無いんやから、ましてや、立場は私のほうが下なんやで。なんで私に懐く必要があるんや。」
「混神は、大体損得勘定で動きます。これは、真朱彌さんもご存じのはずです。」
「いや、スーさんで構わへんのやけど。」
そう真朱彌が言うと、涼子は、
「真朱彌さんと混神が言っているのですから、僕も真朱彌さんと呼ばせていただきます。ですから真朱彌さんも、コイルじゃなくて混神と呼んであげてやってく ださい。そのほうが、彼も喜びますから。」
「わかった。でも、本当になんであたしなんや?他に懐く対象はたくさんいたはずやのに。」
「たぶん。多分ですよ。真朱彌さんが、あいつの話を最後まで、しっかりと聞いてくれたからじゃないですか?あいつの話は、やたら長い時がありますから。そ の話を最後まで聞いてくれたから、懐いてるんだと思います。」
「長い話…確かに初めて会ったときにやたらと話してて、よくしゃべる人やなと思ったことはあるけど、でも、たったそれだけのことで、懐かれてまうんか?」
そんな当たり前とも言える、真朱彌の問いに、こんどは、正規が、
「あれは、そういうタイプだから、そこのところはあきらめてください。」
という。
半ば呆れつつも、内心、若干のうれしさを覚えた、真朱彌であった。

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