L.C第24章ハンバーグと量販店

い きなり飛びこんできた中世ヨーロッパにおける鎧を着た男性がリュイに攻撃を仕掛けようとするが、混神がハリセンで足を払ったので倒れてしまった。
「いちち。…おお。王女ご無事でし たか?」
その言葉に遥夢たちは盛大にあきれる。だが男は遥夢の前にひざまずく。
「………ん?主上、主上!」
呆れているのか驚いているのか、固まっている遥夢の耳元で部屋が震えるほどの大きさで叫ぶリン。
「はい?」
「あれ。」
リンが指し示す方向には航空船の船首があった。
「りーる?」
「です。」
「じゃあリュイ、再即位の日時は教えてください。」
「へ?あ、ああ。」

「ついてきちまったと。」
「どっかでみたことのあるシチュなんだよな。」
「マスター、過去のコミケの資料を確認しましたところ第1945回目の開催においてドンキ・ホーテのパロディ同人誌が出展されいました。
内容はヒロインの 女性が実に主上に似ており、ストーリー的展開も今回の流れと同じです。」
リンが何かのフォルダを持って部屋に入ってくる。
「はぁ?」
「ねえねえ、混神は量販店と、ハンバーグやならどっち?」
「いきなりなんね。まさかドンキホーテとか言うなよ。」
「いうよ。」
『なんじゃこの扉はこの向こうに姫様がおられるかもしれないというのに。』
その時艦が揺れた。
「不法越境船より攻撃。現在船種、所属を確認中です。」 
「… いい忘れてましたが、この作品は改編を重ね第1945回から第1956回までの6年間で総販売部数1630万部、一冊が500円ですので、総合売り上げ 81億5千万円に上りました。
また、ここに登場する悪役の模倣犯が続出したため同人誌としては初めて国会での審議に取り上げられ第1957回の直前に発行停止がなされ ました。
ですが、結構な数が出回ってしまっており、また、アマチュアの作ったものということであまり発行者自体に罰則を与えられませんでした。…しかし良 く出来てますね。」
そういうと外の状態を映し出していた画面がに分割され、右には漫画のある部分、左には実際の船の同じアングルからの画像が映し出された。
「王女様…ぬお。なぜここにあれが。」
「…リール・ルニオ・レビレオライル・フェロブレヌ・サンダイオ?(リール、対象船の所属は判明しましたか?)」
『照合結果、所属は、国籍:アイルーン、母港:アイルーン国際、所有者:ラニルス商事社長、サルフェス・リボン、性別は男性です。』
「対象艦の素材を確認。」
「主砲でないと貫けません。」
「…空間干渉爆撃弾セット。リン、重力加速レンズ連12、間12展開用意。」
「展開完了。」
「弾速、初速65固定。サ…リ…ファ、リエルファイオ(3,2,1発射)。」
その言葉のわずか1秒後さんざんリールを揺らし続けた船は、呆気無く爆散した。
「ふう、リン、コーヒーかなんかありません?」
「ココアなら大量にありますが?」
「大量ってどれくらいだよ。」
「…150缶以上。全部マスターが近所のコンビニで買ってきたものです。……あなたも如何ですか?」
「わしか?…かたじけない。」
リンが差し出したココアの缶を手に取る男。
「わしがキホールでないことは自覚しておる。だが、今までこうしてオタク道を貫いてきた。いまさら変えることができようか。」
「変えなくてもいいさ。王国は世にも珍しきオタクたちが治める国だから。」
キホールという名前らしい男の言葉に混神が答える。
「主上は蛸オタク、正規が巫女オタクで、うちがポニーテールオタク、リンがスリットオタクで、涼子が日本刀オタク。
…簡単にいえば人間は必ず何かのオタク なのです。えらい人にはそれがわからんのです。がうちの持論だね。」
「…あなたが王女様でないことはこの船に飛び乗ったときすぐにわかった。だがもしかしたらと思っていたが。あなたとルニファ王女の行動力や語勢には明らか な違いがあった。」
「本名をきこうなどという野暮は致しません。キホール氏として我が王国に来ませんか?蒼天宮で僕たちと暮らしましょう。もちろん扱いは執事ですけど。」
「・・・こんな趣味の老人に職をお与え下さるのか?」
「素晴らしい趣味じゃないですか。何か誇ることのできる知識があることは喜ぶべきです。
それがあるとないとでは人生の張りが違いますから。それにしても混 神、リンがスリットオタクだなんて初めて知りました。」
「うちも昨日知ったんですから当たり前です。」
ちなみに、正規と遥夢のオタクの種類は混神のウソである。実際には遥夢がOSオタク、正規が着物オタクである。

藍蒼市
地 表面積だけで6億4千万平方キロもあるこの大都市の東側には最低でも450mの高さをもつビルが林立し、世界有数の高層ビル群を形成していた。
その高層ビ ルの間を駆け抜ける白い一筋の光。この街に住む人はそれを神のお使いと呼ぶ。そしてそれとは別に真っ黒な光が飛ぶときがあった。
だがそれにも藍蒼市民は慣 れていた。
前者は混神のお使いに来たリン、後者は暇つぶしになりそうな物を探す遥夢だからだ。
しかしその日のそれは違っていた。
藍蒼市は王国の 「州都惑星地殻総合都市化計画関連法」による各惑星の各大陸に二つずつある排気塔を兼ねた都市の一つであるためところどころビルの外壁に見せかけた地下都 市の排気塔があり、油断できない。
ましてLLCはその中でも最大の大きさであるため、もし飛行特性のないものが落ちでもしたら、75.4kmを落ちてい く。
とはいえ地上部のどこかに引っかかれば最大落差10.4kmで済む。…どちらも即死か意識不明の重体になるのは間違いないが。
そんな中あるビ ルから一人の青年が落下した。各ビルは連絡通路でつながれているが慣れていないと渡ることは難しい。
おそらく青年はその通路の位置を見誤り踏み損ね落下し たというのが大方の見方であった。
だがリンの軌道が彼の落下軌道を取り巻くような落下軌道に変わったのを見て何かが彼を守っているという意見が多くなっ た。
その後の調査で彼は音符財閥を異称の一つに持つ、王家を本家とする王国最大の大財閥、綾小路財閥現当主の、綾小路綾女の長男であることが判明 した。
蒼藍王家と御山家に時空を操る力を持つ者があらわれるように、綾小路家にも音をもとに空間を操る力を持つ者がいる。綾女と菫、そしてかの青年であ る。
「遥夢、ルークが落ちたって、本当か?」
「あ、先輩。ええ、リンが確認しています。」
「なぜ助けなかった。」
語勢を強くして綾女が問うと、
「これを見てください。」
遥夢が映し出した画面には何らかの数字と、折れ線グラフと円グラフが表示されていた。
「これは綾小路家の中でもごく限られた特殊な人間にのみ作り出すことができるものです。」
「……もしかして静音結界か?」
「はい。リンを以てしても入ることができないのですから、よほど強いのでしょう。ゆっくりと軌道を変えることしかできなかったと言っています。」
「…それで彼女は?」
「よほど疲れたのでしょう。部屋にいます。」
「そうか。責めてしまって申し訳ないと伝えてくれ。忙しいところ邪魔したな。」
そう言って綾女が部屋から出ようとしたところ、遥夢が呼び止める。
「もし病室にお入りになられるのでしたら、あすLLCに向かうことをお勧めします。リンが許可しない限り部屋には入れませんので。」
翌日
LLC本部2号棟3C本社第5,836階
総務部秘書課
「……。」
「……ということで入れてくれないか?」
秘書課長と書かれた札の置かれた机に座るリンの正面で綾女が一方的に話していた。
「…お座りください。それから聞き手の袖を捲くってください。」
リンが席を進める。彼女の言葉をいぶかしみつつも綾女は右袖をめくる。
「……ただいまより本人確認のため生体認証を行います。
…対象は上部前面より、光彩紋、眼底動脈網紋、声紋、手甲内静脈網紋、手指内静脈網紋、手指紋、足 甲内静脈網紋、足指内静脈網紋、足指紋、DNA配列です。」
リンはじっと綾女を見つめている。
「…………………本人照合が完了しましたので病室にご案内いたします。」

病院へ向かう車中
「一つ聞かせてくれ。なぜおまえは軌道しか曲げられなかった?」
「レール状の緑色光と言えばおわかりですか?」
「五線譜みたいだった?」
「はっきりと。」
「静音結界だ。緑といったな。どれくらいだ?」
「凛緑。」
「どんな色だ?」
「私の右目の色です。」
「右目って、人の瞳の色は……!」
リンの眼を見て綾女が言葉を切る。彼女の眼は、左が鮮やかなルビーレッド、右が深く濃い緑の正にオッドアイだった。
「さっき会った時は両目とも赤だったのに。」
「なぜ私の目がオッドアイかは名前から容易に判断できますし、綾女さまにも前界の記憶がございますよね。」
「…コンコルド?」
「さようでございます。」
「…それなら何となくうなずけるな。」
「…これを。」
「なに。」
「ルーク様のカルテと螺旋軌道上で収集したデータです。」
「……よくもまあの短時間でこれだけの情報を。」
「時空歪曲しましたから。…はい。…かしこまりました。」

大陸北部
瑠美乃半島瑠美乃市
瑠美乃神社
「本当にいいんですか?」
「…正規君が正義の神様なら仕方ないよ。」
いつも通りきっちりとスーツを着た正規の横に神道の巫女服を着た女性がいた。彼女は楠本成美、正規の前界における初恋の人である。
「でも、俺にはそんな権限はありません。決めるのは混神だし裁くのはリンだし。」
「…なら本人に聞いてみたら?ほら上ってきたよ。」
「へ?」
確かに振り向けば混神とリンが石段を上ってくる。
「話はよーく聞いた。」
「なら判じてくれ。」
「…今度の事犯に関しては、裁定者に一切の判定を委ね、決裁を正義の任神たる、王相補・瑠美乃正規に委ねるモノと処す。」
「おい。」
「それじゃリン、後任せた。」
「…相補は一体どのような裁き方をなされますか?マスターは斬首、ギロチン、火あぶり以外。
私は、体の末端から細胞結合を解除して、最後に呼吸器と、頭部 を一気に燃焼させて炭化、粉末化させて終わりです…。」
その後もペラペラと、残酷なことをしゃべり続けるリンを驚きつつ二人は見つめている。
「……何突っ立てるんです?早く。」
裁きを急くリン。震えながらもうつむきながらも、成美にその右手をかざす。直後彼女が血を吐き出しながら崩れ落ちる。
遥夢が到着すると、むしろの上に、うら若き巫女の遺骸を横たえるリンとそのそばでうつむいて声を押し殺している、正規がいた。
リンに声をかけると正規のそ ばにいてほしいといわれる。
「今のあなたには僕が付いています。」
そういって思いっきり正規を抱きしめている遥夢。ゆっくりと混神と涼子が上がってくる。そして二人を見て驚きあわてる。
「りん、ちょ〜。」
リンも振り返り一言
「落ちましたね。」
遥夢が正規の顔を覗くとモノの見事に気絶した間抜けな顔をしている。
「……な、な、な、何でですか〜〜?」
「…あんた、自分の体型というか大きさ計算に入れなさいよ。それだけでかいのに押し付けられりゃ、だれでも気絶すりゃな。」
「…何がでかいんです?」
「だめだ自分の胸のサイズを理解してない。」
「尋常でない大きさですからね。」
その会話を涼子はその場のギャップに戸惑いながら、見つめていた。
「ところで主上、サイズはどれくらいになったんですか?」
「な、なんのですか?」
「胸じゃないの。」
やっとのことで会話に加わる涼子。
「えーっとトップとアンダーの差が32センチですね。」
「あのねぇサイズを聞きたいんだけど。」
「そんなのわかるわけないじゃないですか。」
「太ってないもんね〜。」
さらりと言う涼子。
「あの、一応僕も女なんですが。…まあ太ってませんけども。」
「…何があった?」
「あ、起きた。」「おはようございます。」「起きたね…てそんな時間じゃないでしょう。」「すいません。」
「お二人とも、仕事に遅れますよ。」
「でもほとんど片付いちゃってますし、残ってるのはリュイとの元首会談だけですからいつでもいいですし、それにそもそも向こう100億年ぐらい仕事なんて ないじゃないです か。
ほとんど国官(こっかん)が片づけちゃいますし。それからリンも。」
「…お二人というのは、主上(しゅじょう)と涼子様ではなく、涼子さまと正規(まさき)様のことです。お二人ともここ10年ほどお仕事をおためになられて ますから。」
「…うそ。僕と正規?」
「何でおれも。」
「あ〜。うち昨日おわらしちまったぞ。あまりにも暇だったもので。」
「ほんっとに混神(こんしぇ)って王族の自覚がないのかそれとも衆俗化してあか抜けているのか、わかりませんね。」
 「…あはは実際に世界で一番偉いバカって名乗るほどだしね。」
「それ絶対関係ないですよね。」
「えっと。あはははそうだよねえ。」
その後状況を飲み込んだ正規の話で、成美が正規に蘇生を少し待ってほしいといったことが分かり、蘇生は凍結された。
ただし、遥夢たちの「ちょっと」は、最 低でも10万年近い時間がかか る。
「……リン、涼子が入院していた病室は、何年間確保できる?」
「私と相補、マスターの権限を行使すれば最大4500億年は。」
「……それだけあれば十分かな?」
「リン、僕の権限をプラスした場合は?」
「はい。主上の権限もプラスした場合は130兆年以上確保可能です。」
「…おいおいその違いはないよ。でもありえんだろ。」
「あの病室は滅多にはいる人がいないもんだからな。」
正規の言葉に混神が答える。
「なぜおまえが知ってる。」
「だって涼子の病室手配したのうちだし。あの病院の電脳医療部長うちだし。ましてあの病院は3Cがサーバー管理してるし。」
「待て!おまえが電脳医療部長だなんて初めて知ったぞ。」
「まあほとんど、家でできる仕事だからね〜。」

蒼天宮の入り口
「…どうすれば入れるんだ?」
「おにい、僕に訊かれても困るよ。」
ひと組の男女が大きな鉄扉の前に立ち尽くしている。
「我宮にご用ですか?」
「ひ!」
背後からかけられた声にきれいにハモった悲鳴を上げる男女。振り向けば紙袋を抱えた女性が立っていた。
「怪しいものではありません。……………元気になったんですね?」
たっぷり30秒の沈黙の後その女性は男のほうに話しかける。
「おにい、知り合い?」
「俺を病院に運んで、おふくろをそこまで案内してくれた人だ。」
「………………妹さん…ですか。はじめまして当国…。」
「あ〜。こいつこの国の生まれじゃねーから、そんなこと言っても分からねえと思いますよ。」
「…まあとにかくこの国の長相。いわばあなたのお母様の上司です。」
「ルーク・エリオ・サンダール・シア・オルニール。綾小路騎花と言います。こっちは妹の綾小路彰です。」
「…あの薬が効きましたか。」
「薬?何のこと?」
「我 々の唾液と涙と毛髪、それから私と主上と涼子さまの血液に刀の刃こぼれした際に生じる鉄くずを混ぜて作られた劇薬です。
服用者の生命活動を著しく上昇させ るとともに、副作用として、そのものの能力を低下させてしまうんですけど。……暑いでしょう。どうぞお入りください。」
リンが扉を開けると冷たい空気がどっと押し寄せた。
「この宮で働く者はほとんどがその季節に応じて、冷房術と、暖房術を使い分けていますからね。それじゃあお近くのメイドにお申し付けください。私は長相室 に戻りますゆえ。」