L.C第31章 混神、喜ぶ

「マスター、暇ですね。」
「ああ。暇だね。」
「やることないですぅ。」
ひと組の男女が喫茶店のカウンターで向かい合っている。
男は、この喫茶店の店主、人は光一と呼んでいる。名字はほとんど知られていない。常連は、マスター 光一と呼んでいる。
女性のほうは、この店に勤める、唯一の従業員、鳴島綾香である。
いつも休みが少ないと客に漏らし、光一に怒られるが、返り討ちにすることもしばしば。
今二人は、午前の暇な時間で何をしようか考えていた。
この店の名前は、実に興味をそそられる名前である。この店は『失変カフェ』という。
綾香が愚痴をたれながら、何気なく、入口を眺めていると、人影があった。
「入って来ないかな。」彼女がそう言うと、その人影は扉に近づき、扉を開けて入ってきた。
「いらっしゃいませ~。」
満面の笑みで迎える綾香。入ってきたのは、膝まで延びる長いポニーテールの女性と銀髪を同じようにポニーテールにした無表情の女性と、ポニーテールと木刀 の組み合わせの女性。
そして。眼鏡をかけた男と、なかなか、がたいのいい、背の高い男の5人である。
「…マスター、いったいここに何かご用でもあるのですか?」
銀髪の女性がメガネの男性に問う。
「ん~、ちょっちお世話になってる人の店だから。来てみたかったのら。」
「……。」
男の言葉に女性は黙りこくる。
「はじめまして。3C社長の御山と申します。…じゃなかった。Coil Circleです。」
「……ああ。どうも。」
「同盟では大変お世話になっております。」
全く表情を変えないあの女性を除いて他の連れも、そして綾香も状況がつかめていない。
「……呼び方変えるべきでしょうか?マスターといえば、お二人とも反応してしましますよね。」
無表情で女性が訊く。
「リン、光一氏は……どうだろう。」
リンと呼ばれた女性が光一と綾香を見つめる。(のちに彼らは睨まれたと思ったとその男にメールを送っている。)
そして少し、何か考えた後、男のほうに向きなおり、「だいじょうぶでしょう。」とひとこと。
その後、カウンターに座った五人組。
「混神、知り合いなら、紹介してください。」
長いポニーテールの女性が、メガネをかけた男性に向かってそう言った。
「んなこたゆうたかて、うちも、ネット上でチャットしただけだしな。」
「でも、ポニケットにはいってましたよね。お二人とも。」
「ああ。行ったには、行ったが、別の用事で、今回は十分しか居られなかった。」
混神と呼ばれた男性が、綾香を見て一言、
「なかなかいいしっぽだねぇ。」
言われたことをつかめていない様子の綾香。
「しっぽ?」
「どうだい皆いい尻尾だべ?」
そこで光一がなんとなく彼が言わんとしていることを理解する。
「もしかしてポニーテールのことを言ってます?」
「ええ。彼はポニーテールとなれば目の色が変わりますから。」
光一の質問に一番髪の長い女性が答える。
5人がそれぞれ注文したものを味わう。
「…リア、彼らの情報あるか?」
混神と呼ばれた男性が何もない空中に向けて声をかけると、
『光一様の情報が確定できません。』
「どういう意味だ?」
『光一という名前は全世界で、1兆4560億2437万件の登録があります。名字が判明しないため、これ以上の絞り込みは不能です。
鳴島綾香様に関しましては該当すると思われる情報が確認できました。なお、こちらは確認のため、氏名、現住所、出生年、及び、出生地のみ公開とさせていた だきます。
日本連邦共和国、特別行政州茨城県戸籍登録者 指名、鳴島綾香 現住所、茨城県― 出生年、第3次無年時第2560京3456万236期 出生地、秘匿希 望。以上です。間違いありませんね?』
「ほえ?あー。確かそうだったと思います。(なんでわかるの~?)」
いきなり声に問われあわててそう答える綾香だが、光一が、
「あれ?綾香君、自分は記憶力いいって言ってなかった?」
そう言ってため、あわてて、
「そうです。それでいいんです。」
と訂正した。
5人組がこんな話を始めた。
「そういえばさ、この前、PDAもってきて、コピーも教えてくれたじゃん。それで思ったんだけど、あれもコピーあるの?」
「あれ?…ああCoil OSな。あるよ。明日のあなたに、計り知れない可能性。あなたの可能性を切り開くお手伝い。ってね。」
「売れなそう。」
「当たり前だろ。うちはプログラマーじゃ。コピーライターじゃない。」
そこに綾香が、
「あの、ご注文は?」
「もう頂いてるよ。見えないの?」
そこに混神が、
「まあ、真正の馬鹿は、人の話は絶対に聴かないわけで、その点では最近の若い奴は確実にその傾向があるわけで。まあ、あれにはかなわないがな。」
「あれ?」
「リフィルのことですか?あれは確かに、その理論で行くと、真正の馬鹿と言えますね。」
この会話を聞いていた綾香が、
「みなさん、おいくつなんですかぁ。」
と質問した。
「どんくんだっけ。数えらんないや。」
「ということは、ずいぶん昔なんですか?」
光一が、リンが注文した、シュークリーム(エクレアを注文しようとして、間違えたが修正する気はないらしい。)の焼き加減を見ながら言う。
「そうだねぇ。西暦2565万2000年生まれですな。そういえば、リンと鳴島嬢の大きさいい勝負じゃない?」
混神がそう言うとリンは理解したようだが、綾香は疑問を浮かべる。
「確かに、そうは思いますが、光一様、いかが思いますか?」
いきなり、光一に話を振る、リン。光一は、なぜもう一人の連れの男に振らないのかと訊くと、
「正規様は普通よりも羞恥心が強すぎ、また、マスターは、我々がそばにるので、感覚がまひしているので。」
真横でひどいことを言われているのに、気にする様子もなく、コーヒーを飲んでいる混神。
「そうだなー。」
「りんは、こうみえて、かなりでかいんだな。」
そう言って、何かを光一に耳打ちする混神。
「…そうだな。それじゃあ失礼して。」
むにゅ。
リンの胸に手を当てる光一。顔に手を当てる綾香が場違いなように、平然とし、さらに触られているリン自身も、無表情でいる。
「なるほど。」
そう言いながら、綾香の胸に手を当てる光一。
ザシュ!
そんな音が響く。見れば、綾香の手には、血に染まった、包丁が。
「マスターの変態。」
そう言いながら、うつぶせに倒れる光一に、包丁を突き立てる、綾香。
ドシュ!ズ、ズズッ!ズ・・・ズザッ!
「ハアッ…ハアッ…ハアッ…はっ。…キャ~。マスター大丈夫ですか?」
「あ……綾香君。…営業中に包丁を振り回さないで。」
それを見ていた混神が、
「…あらら~。リン治療してやれ。」
といい、少し浮いた状態のリンが、光一の傷口から、手を差し込む。そした彼女の手が青く光り引き抜かれると、
「復活というわけ。」
「いつ見ても鮮やかですね。」
「方法が少しグロいけど。」
「仕方ないだろ。」
「そうそう。ちゃんと研がなきゃだめだと思うよ。その包丁、セラミックせいじゃないでしょ。血錆びが出るからさ。何ならこの店にある刃物全部研ぐよ。」
いきなり関係ない話をする良子
「それだけはやめてくれ。事あるごとに刺されかねん。」
涼子の言葉に光一が抗議する。
「なあに。鋭い刃物の場合、傷口がくっつくこともあるからだーいじょぶよー。」
「……。」
混神の言葉に、恨めしそうな顔をする光一だが、現に店の刃物が一様に、切れ味が鈍っているのは紛れもない事実であるため、涼子に渡した。
「…すごい血錆び。よく死なないねえ。これだけ刺されて。」
そういえばそうだと光一も綾香も納得する。
「えっと。見る?」
「涼子の研ぎは見る価値がありますよ。」
遥夢の言葉に、二人はカウンターの中に入り、まん前から、見ようとするが、
「そこにると火花とか、目に入るから危ないよ。」
と涼子に言われ、間をあける。
「リン、血をちょうだい。」
そういった涼子。リンは何も言わずに、自らの手首を切り、カウンターに置かれた砥石の上に垂らす。
「え?」
「何で錆をとるのにさらに錆びる様なことをするんですか?」
当然の質問に
「リンは、炎熱をつかさどる力を持つ。だから、彼女の血に少し熱を与えると、刃物を研ぐ時に同時に締めてくれるんだ。
それに、刃物には絶対に残らない上に 含まれている成分が被膜を作り、錆び難くしてくれるんだ。」
混神の回答がどう効いたかはわからないが取りあえず進めよう。
涼子が、木刀から真剣を取り出し、スッと砥石の上を滑らせ、その後、どんどん、鮮やかな手つきで、包丁などを研いでいく。
「終わり。」
「これでさしたら、懲りてくれますか?マスター。」
「それは、やめてくれ。」
涼子が研ぎ終えた包丁を持って、眼だけ笑っていない笑みを浮かべる綾香。
「…主上のにしこりと比べたら、全然だな。」
「にしこり?」
「主上、やってみて。」
やれと言われてやれる代物ではない。だが、いきなり、殺気を放ち満面の笑みを受けべ、さらに眼だけは笑っていない。そんな笑顔を造る、遥夢
そのさっきはあくまで誰に向けたというものではないが慣れていない光一と綾香は結局、腰がすくんでしまい、綾香の手から落ちた包丁が光一の足に突き刺さ る。
「リン。治してやれ。」
この時に限って、なぜかとってもしみる薬を使うリン。絹を裂くような悲鳴が響く。
「鬼畜、外道。」
笑いながら、リンをけなす混神だが、かの味が極端なことで有名な、菓子である、ビルの黄色を口に放り込まれ、
「お~~~っ。」
と騒いでいる。
「おお~~。そういえば、うち、今まで世界で一番偉いバカっつってたけど、人の話聞いてないときって、結構少ない気が。」
「そういえば、そうですね。」
「というよりもその理論根本的に間違っている気がするですぅ。」
綾香の言葉に
「そう言われれば、なんとなく間違っている気もしないでもないが、でもバカが話を聞かないのは本当だぞ。」
「…マスター、本物が抜けています。」
「で、あって、話し合いたいといって、行ったら、どうしても外せない用事があって十分しかいなかったと。」
「うぐぅ。」
涼子の言葉に言葉を失う混神。
「何の話ですかぁ?」
綾香が問う。
「ポ、ポニケット」
「来ていらしてたんですか。生憎対人記憶力は特に悪くて、話したことがある相手ではないと顔を覚えていないんです。」
光一の言葉にとどめを刺された混神であった。
「ま、まあ、これからよろしくということで。」

彼らが帰り午後の暇な時間帯。カウンターを挟んで二人が話している。
「よくわからないお客さんたちでしたね。」
「そうだな。実際、いたかどうかなんて覚えていないし、そもそも、あのポニーテールに見とれていて、私はろくに話を聞いていないのだ。」
「確かにポニーテールでしたね。女性は」
「銀か。よし。綾香君、今度銀色に髪を染めて、接客したまえ。」
その言葉に、ココアを飲む綾香がむせる。
「な、何をおっしゃるのですか。マスターは。」
「君も見ただろう。私を治療してくれた女性。」
「確かにきれいでしたね。キラキラと。」
「うむ。…しかし無理か。」
「どうしてですか?」
光一が自分で否定すると綾香が問うた。
「それはだねぇ。髪を銀色に染めるための顔料が、今この時代、存在しないからだ。」
「…?どういう意味ですか?もしかして、染めるためのインクがないということですか?でもあんなに鮮やかな、銀色じゃないですか。」
光一の答えに綾香がなおも食い下がる。
「おそらく地毛だろう。」
「あ!そういえばあの時、なんで私とあのリンさんの胸を触ったんですか?はたから見れば変態ですよ。」
「そう言われれば仕方ない。しかし、あのとき、Coilさんが『リンと綾香さん、どちらのほうが胸が大きいか触って比べてみてくださいな。』って言われ て。」
「…でもそれですることはないじゃないですか。…でも。いきなり見つめられた時は睨まれたと思いましたぁ。」
「確かにそうかもしれない。でもまた来ると言ってくれたから、リピーターを得たと思っていいだろう。」

「クシッ。…ウ…クシュン。」
リンがくしゃみをしている。
「…強い印象残してきたから、今頃噂の種だわな。」
「ヒ…ヒ…ヒャウ…クチュン。」
「顔の割にくしゃみが可愛いんだから、可愛いよね。」
そんな涼子の言葉に、
「顔はよ…け…い…で…ウ…クチョン、クション。」
「「あはははは…。」」