「主上とリンは一緒には極力東側に行かないこと。」
「手紙を書け?何バカを言っているんですか?しかもあの紙を使ってって。」
『そこをなんとか頼むよ。』
「わかりましたが、あまりこういうことを行うことはやりたくないんですよ。」
『わかってるよ。』
「それじゃあ、リュイ、混神に届けさせますね」
「遥夢。遥夢の血液型は今ある血液型のどれにもあてはまらないんだって。」
「ええ。」
「知ってるの?」
「ええ。リンの血と一滴でも混ざれば王国の半分に相当する面積が、無に帰することも。」
「知ってるのならなんで。というよりいつから?」
「一兆年ほど前から。」
「知っていたのなら、なぜ。僕だけがのけものなのはなぜ。」
「あなたの脳には厳しすぎるほどの情報を伴う事実だから。今頃正規さんは、混神の手によって、発狂寸前にまで追い込まれているかもしれません。
でもあえて助けにはいきません。彼の脳がそれに耐えることができた時、はじめて彼は真の正義をつかさどることになる。
そして、今度はあなたの番。」
そう言って顔を涼子に向ける遥夢。
しかしその顔を見た時、涼子は言葉を失った。
髪型や髪の色こそ遥夢のものだが、顔の輪郭から目つき、そして目の色まで、明らかにそれはリンのそれだった。
「リン、あなた…。」
そう、言いながら後ずさりするといきなり何者かとぶつかる。振り返ると、そこにはいつもの無表情の上に若干の笑みを浮かべるリンの姿があった。
「リン?それじゃあ、あなたは?」
「僕がリンの妹に当たるが故にリンと同じ力を持っているということを忘れていませんか?」
「それじゃあ、それが。」
「そう。この顔こそが僕の真の顔です。もちろん目の色は違いますが。」
「そ、そんなのウソよね。リン、あなたも何か言ってよ。」
「…すべて現実です。…あなたがおかしいのでも回りがおかしいのでも無く。すべて、あなたの目に映っているこの今はすべて現実です。」
「や…やめて。」
「遥夢にこのことを教えたのは私です。あなたに知らせなかったのは、あなたの脳を壊したくなかったから。」
「やめてって言ったじゃない。」
そう言いながら、涼子が剣を構える。
「あなたは知らなければならないのです。我々がこの世界にいる意味。そして、あなたが武の神として、遥夢の子供として生まれた訳を。」
「う…う…うううううわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
奇声を上げながら、リンに切りかかる涼子。しかし、何かの防壁に阻まれる。
「今の状態では私を斬ることはあなたにはできませんよ。コエルが妻として、あなたを選んで以来、あなたのことをずっと見続けてきました。」
そう言いながら。剣を涼子ごと指ではじき飛ばす。
「しかし、あなたはマルスよりはるかに大きな容量を持っています。あなたなら、発狂せずに。」
「やめろ。」
「「はい?」」
「やめろと言ったんだ。遥夢、せめて目の色を元に戻せ。話はそれからだ。」
少しは冷静になったようだ。
「リン、水をくれないか。」
「それで我々のやることを受け入れてくれるのでしたら。」
いつになく饒舌なリンがさらに笑みを深める。
「ああ。だが、おまえらが僕に施そうとしていることをできうる限り口頭で説明してくれ。」
「混神の言うことを一部始終聞いたのでしょう。それならばそれで十分です。」
「わかった。」
そういいながら笑う涼子。
そして静かに目を閉じる。すぐにどちらか。熱めなのでおそらくリンと思われる手のひらが顔を覆うのが分かった。
直後涼子は強い衝撃とともに暗黒の中に浮いていた。裸だ。しかし、周りにはだれもいないので、気にする必要もない。
「ここは?」
そう誰かに問いかけるようにつぶやくが、だれもいない。
あたりは一面の闇だ。視界にはいつもの暗闇にいるときのあの謎のちかちかとした七色の模様もない。
涼子は、思いっきり叫んでみた。声はすぐにかき消える。どうやら、かなり大きな空間のようだ。
そんなとき彼女の声に反応するかのように一つの大きな白い光の玉が、現れた。
そして、その球は、人の容をとる長い髪の二十歳前後の女性の容を。
涼子は、その女性に見覚えがあった。しかし、誰かは思い出せない。
そうしているうちにその女性は横を向いた。するとその女性の背中から、もう一人女性が現れた。二人の女性が現れると、次第に、光はおさまって行き、遂には
涼子を含め、三人の女性がそこにいた。しかし二人の女性はまるで涼子には気づかぬかのようにふるまっている。
いきなり、先に現れたほうの女性の下腹部から青く輝く光の玉が現れた。驚くことに二人の女性はすでに服を着ている。
『原初の海』いきなりそういうテロップが涼子の網膜に映る。
「原初の海。それがここの名前?」
『そう』
「あなたたちは何者?」
二人の女性に問いかける涼子だが二人は愛おしそうにその青い光の玉を見つめ、そして同時にその球に口づけをした。
するといきなり、その光の玉は膨らみだし、最初に二人を。次いで涼子を飲み込んだ。
渦巻く青い光の中で急激に意識が遠のいた。遠のく意識の中で涼子は走馬灯のようにそのあとのことを見た気がした。そしてまた強い衝撃とともに目が覚めた。
「お解りになられましたか?」
リンが、笑っている。
「この世界も、今までの世界もすべてリンから生まれた。あなたが見た二人組は僕とリン。あなたが見たあの青い球は、最初の世界。」
「遥夢、すまない。発狂しかけたかもしれない。」
そう言って、正規を引きずりながら混神が現れる。
「無理に、情報を詰め込んだらこうなった。」
「仕方がありませんね。」
そう言いながら、席を立ち一同を連れて、エレベーターに乗り込む遥夢。
エレベーターはどんどんと降りて行き、地下95階蒼天宮の最下層に到着した。そしてその一番奥にそれはあった。
深さ、10mはゆうにあろうかという、巨大な水槽の中にやけにリアルな正規そっくりの人形が何十体も入っている。
その中の1体を引き揚げるとてじかに有った、ナイフを自らの左腕につき立て、肉をそぎ落す遥夢。
その光景に涼子は吐き気をもよおしその場にうずくまった。
しかし、遥夢は、それには目もくれずそぎ落とした肉塊を半分に切り、片方を人形に。いや、正規の形の魂の入れ物にもう片方を正規の顔に乗せる。肉をそぎ落
とした左腕は、すでに筋繊維が再生し、それに伴い、皮下組織や皮膚組織が再生している。
リンが何かを詠唱しする。
すると入れ物が目をあけた。
「あれ?俺なんで裸なんだ?しかも何でおれそっくりの人形がおれの服を着てる?しかもなんとなく頭が痛い気も。」
そう言う。
どうやら魂が移動したようだ。しかも脳の容量もアップしているようだ。
しかし、遥夢の腕を見て、あわてる正規。
「おい、遥夢。大丈夫か?」
そこを、混神がどつく。
「服を着ろ。」
そう言われて服を着る正規。
「つまり、は、こいつの脳漿がなければその連鎖対消滅とやらは起きないというわけか。」
正規が混神の頭をかきまわしながら問うと、
「いえ、たとえ混神の脳漿がなくとも連鎖対消滅は発生します。でも、消滅するのは4千京Pcだけです。」
「ということは、こいつの脳漿が混ざった場合、その威力が増大するというわけか。」
「ええ。創造界だけでなく、魔導界、精霊界、妖精界などすべての世界が消滅します。」
「それを防ぐ手立てはないのか?」
「一つだけ。」
「なんだ。」
「リンと混神。もしくは、僕と混神をこの世から抹消することです。」
「それは。」
正規と遥夢はまだ緑色の光を放つ巨大水槽が6つ規則正しく配置された部屋にいた。
「それか、リンか僕のどちらかを殺すことです。」
遥夢はそう言うと、袖の中から銃を取り出し正規に渡しながら、
「まず左目と鎖骨の間を撃ってください。これで、魂を維持するためのエネルギーの生成が阻害されます。続いて、眉間、心臓、子宮の位置をそれぞれ撃ってく
ださい。特に心臓を打つときはチャージを多めに。」
と笑いながら言う。死ぬ気だ。
「おい。」
「これからは僕とリンの関係を知りそれを利用しようとするものが現れるでしょう。その前に…。」
そこまでで、言葉が途切れる。体の中心線に合わせて三つの位置に次々と穴が開く。
正規は何が起きたのかまったく理解できなかった。
そして遥夢の体は糸の切れた、人形のように水槽の一つに落ちる。
正規は助けに行こうとした。しかし、彼の体は一向に動かない。
本来なら、すぐに浮いてくるはずだった。でも、いくら待っても遥夢の体は浮かんでこない。
「死んだ。…まさかな。」
「どうだった。」
「御希望通りにいたしました。」
「しかし、正規にはかわいそうなことをした。目の前で、母親が死んだのだから。」
「本当に遥夢は死んだの?」
涼子の問いに混神は、
「難しい質問だな。しかしこれから実行する作戦が終わるまで、帰っても来ないな。」
「作戦て何?」
「王国属国、王国同盟国以外のすべての国を一度滅する。そして新たに振り直す。」
「それがこれから実行する作戦?」
「ああ。あいつに今回のことを伝える前に遥夢がうちに命じたことだ。今回は正規はリールには乗れない。」
その言葉に涼子は驚く
「正規は副長でしょ?正規は遥夢の代わりなんじゃ。」
「今回に限り、リンが艦長、うちが副長となる。」
その言葉に涼子はまた驚く。しかし、あえてその色は出さない。
「なら、僕は?」
「涼子にはいつものうちの席に着いてもらう。」
「わかった。」